​ピアノ四重奏曲第1番物語

19世紀を代表するブラームスと、20世紀を生きたシェーンベルク。

二人の巨匠が出逢って生まれた奇跡の作品が、このピアノ四重奏曲第一番 ブラームス/シェーンベルク編曲版です。

「第40回定期演奏会で、この曲にチャレンジしたいのです。つきましては指揮をお願いしたいのです。」

 

この曲だから私に、という言葉を大変うれしく思うと同時に、そうくるならこっちも一丁やってやろうじゃないか!

京都フィロムジカ管弦楽団と一緒に、ブラームスの原曲を、より忠実に再現しようじゃないか!

・・・そんな気持ちが私の中で生まれました。

 

楽譜は、誤って写譜されることがあります。オーケストラの場合は、さらに各パート専用の譜面が作成されるので、その時にも音が誤る可能性があります。非常に演奏回数の多い曲であれば、第2版、3版等増刷時に修正されていきますが、その機会がない場合は、誤ったまま演奏されるケースも少なくありません。

 

この夏、私は、オーケストラ全体の楽譜が載っているスコアと、ブラームスの原曲の譜面、各楽器それぞれのパート譜、すべて取り寄せました。

積み上げると10㎝以上になる楽譜にかこまれ、それを数枚ずつ机に広げ、それぞれの譜面を数小節ごと、音があっているか照らし合わせていく。せみが降るように鳴く中、私の頭の中では原曲と編曲版の音が交互に鳴り続ける。そんな究極に地味で、でもブラームスの世界にどっぷり浸かる幸せな夏を過ごしたのでした。

 

そうして私は、原曲と編曲版で、音が異なっている箇所をいくつか発見しました。文献によると、シェーンベルクは「敬愛するブラームスの曲をただオーケストレーションしただけ」と言っているため、それは印刷時の誤りであると推測しました。

 

本日は、その修正版で演奏いたします。合わせて各パート譜もできる限り修正しましたので、今回の演奏は、ブラームスの原曲を忠実に再現できるのではないかと思います。

来年以降の夏もきっと、せみの鳴き声を聞くと反射的にこの曲が頭の中で鳴ってしまう気がします。

ここまで楽譜と向き合えたのも、京都フィロムジカの熱い思いがあったからです。

 

このような機会をいただいたことを心より感謝します。

 

さて、ブラームスがシューマンの妻クララに想いを寄せていたこと、そしてその想いが生涯叶わなかったことは、良く知られているところです。この原曲は、彼が想いを寄せるクララ・シューマンその人により初演されました。ブラームスはどんな気持ちでこの曲を書いたのでしょう。胸を締め付けられるような甘く切ない音が初めてクララの指先から生ま

れた時、ブラームスはどんな気持ちだったのでしょう。

 

この曲を演奏するにあたり、そんなブラームスの気持ちを演奏者全員で共有することが、原曲を忠実に再現するために必要不可欠だと私は思いました。

そこで、初めてのリハーサルに臨むにあたり、楽譜の他に、この曲の音やフレーズに自分なりの「言葉」を付け、心の中でその言葉を歌いながら演奏してほしいと京都フィロムジカのメンバーに伝えました。

 

たとえば第一楽章では、いろいろな楽器が同じフレーズを、交互に奏でる部分があります。

「ここはブラームスが『愛するクララよ』と心の中で繰り返しつぶやいています。みなさんもそう歌いながら演奏してください。」 こんな感じでリハーサルを行いました。

 

今回、京都フィロムジカ管弦楽団から、この曲への文章を書いてほしい、と言われたときに、リハーサル時にフィロムジカの方々に伝えた内容をもとに、点と点を結びながら作ったいわば「ピアノ四重奏第一番物語」を寄稿させていただくことを思いつきました。

これはフィクションですが、この曲に対する私のイメージが、京都フィロムジカ管弦楽団だけでなく、本日お越しいただいた皆様にもお伝えすることができ、会場全体でブラームスの世界を共有できましたら音楽を愛する一人としてこんなにうれしいことはありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノ四重奏曲第一番物語~ 遠藤浩史作

 

 

 

プロローグ

 

「出会い」「愛の芽生え」「それは叶わぬ恋」そして「一人で生きる」

最初の4小節が雄弁に語る。この切ない想いが叶わないことを。

 

 

第一楽章【出会い】

 

ヨハネス・ブラームスは苦しんでいた。絶対好きになってはいけない人に心を寄せてしまった。

自分にとって最もあこがれの人である大作曲家シューマンの家を初めて訪問したときに、

シューマンから「何か弾いてごらん」とピアノ演奏を求められた。

20歳のヨハネスはうなずき、自作の曲の演奏を始めた。

ふとピアノから顔を上げた時に全身を雷で撃たれたような衝撃が走った。

シューマンの傍らで、慈愛に満ちた笑顔、気高きオーラをまとった女性がたたずんでい

た。その女性の名はクララ・シューマン。尊敬するシューマンの妻。

 

彼は一度に恋に落ちた。

 

ヨハネスはそれから何度もシューマンの家を訪れることになる。

音楽だけでなく、多忙を極めるシューマンに代わって、時には家の修繕を、時には子供の世話を。

家族ぐるみで親交を深めていった。その胸の内にある、決して知られてはならない気持ちをひた隠して。

 

ある日、作曲活動に追われ部屋に籠りきりの夫を心配したクララは、

ヨハネスにシューマンを外に連れ出し気持ちの良い空気に触れさせてほしい、と頼んだ。

ヨハネスはピクニックを計画し、せっかくだからクララも一緒に行こうと誘った。

 

クララが微笑みながらうなずくのが嬉しかった。

 

3人は郊外の丘にでかけた。木を渡る緑の風が心地よい。大自然の空気を胸いっぱいに吸い込む。

シューマンはヨハネスに、今後作曲家として生きていく上で大切なことを教える。

クララは微笑みながらそれを聞く。平和な時。暖かい陽だまり。

 

ふとクララはシューマンにパンを差し出す。言葉なく微笑みあう二人。

ヨハネスはそんな夫婦の仲睦まじい様子から眼をそらすことができなかった。泣きたいが笑うしかない。

事実を受け入れるのだ。自分の入る場所はここにはないのだ。

 

楽章の最後、ヨハネスの心の声がト短調のコードでさびしく響く。

 

 

第二楽章【愛の芽生え】

 

自分でもどうしたらよいのかわからない。自分の心を抑え鎮めることができない事に対する苛立ち。

クララを愛してはいけない。そう思えば思うほど、想いは募るばかりだ。

 

そんなある日、ヨハネスの前に別の女性が現れる。背は高くキリッとした顔立ち、愛くるしい笑顔も印象的だ。

声楽を学んでいるという。

 

彼女は積極的にヨハネスにアプローチをしてくる。オペラアリアの楽譜を持ってきては、伴奏を求める。

言葉を交わす以外の、音と音による会話、それは音楽をやるものにしか解らない至福の時。

彼女はヨハネスの作品をとてもよく理解してくれる。一緒に居るとほっとする。彼女を好きになろう。クララよりも。

 

しかし無理だった。自分を偽ることは出来ず、心はクララの元に戻ってしまう。

自分への絶望を断ち切りたいため、ヨハネスは寝酒をし、そして夢の世界へ落ちていくのであった。

 

 

第三楽章【それは叶わぬ恋】

 

なんと愛に満ちた一日だろう。

なぜって、自分にとって一番大切な人であるクララとついに今日、結婚式を挙げるからだ。

空は晴れ渡り、天も自分たちを祝福してくれるようだ。ああ、想いは叶うものなのだ!

 

舞台は丘の上の小さな教会へ。

まずは小人たちが入場。その愛くるしい表情に参列者たちも大喝采。

いよいよ自分たちの入場だ。結婚行進曲も変イ長調に転調し、音楽はさらに高まる。

しかし、なぜか参列者に笑顔がない。なぜだ。

幸せの絶頂のような音楽は鳴り響く。が、だんだん景色が色褪せ、薄く消えていくような感覚に襲われる。

 

ハッと目が覚めた。すべては夢だったのだ。

 

哀愁立ち込めたトロンボーンとホルンの響き。そして、慰めるようなオーボエのテーマ。

彼は深くため息をついた。そして立ち上がりカーテンを開けた。雨が降り注ぎ、遠くでは雷が鳴り響いている。

これからどうするべきか。クララに思い切って告白するべきなのか。

そして・・・決断した。 彼女への思いは消し去ることは出来ない。

 

でもこれからは、このエネルギーを作曲活動に向けるのだ。

 

 

 第四楽章【一人で生きる】

 

舞台はヨハネス行きつけのホイリゲ。(ウィーンの伝統的居酒屋)

ジブシーバンドがツィタールやヴァイオリンをかき鳴らし、お客は皆酔いしれている。

んで酔って弾いて踊ってすべてを忘れようというのか。

 

ヨハネスも輪の中に加わり、まずはかけつけ一杯ぐいっと呑み干した。

そして片隅にあったピアノに座り、バンドの音楽に合わせてひたすら鍵盤を叩いた。

すべてを忘れて、新しい自分に生まれ変わりたいという願いを込めて。

 

そこへ、懐かしい友人たちが訪ねてきた。まるで新たな旅立ちを祝うかのようなこのタイミング。

再会を喜び酒が進む。ヨハネスはまた弾き始めた。

 

やがて、ピアノとジブシーバンドが演奏する曲は悲歌(エレジー)に移る。

ジブシーヴァイオリンの寂しげな音色が、人びとを哀愁に誘う。今までの出来事が走馬灯のように流れる。

 

しかし曲調はすぐに、アップテンポに戻り、さらに音楽もお酒も盛り上がってきた。

と突然、ヨハネスは思い出す。あの人のことを。

 

既に酒量は許容量をはるかに超えていた。彼は崩れ落ちるように倒れた。

意識が薄れゆく幻想の中で、二人はダンスを踊っている。

彼女の寂しげな表情。彼は振り払うようにその場所から走り去る。クラリネットの悲痛な叫び。

 

やがて意識もどったヨハネスはおもむろに立ち上がり外に出た。

彼は煙草を一服ふかし、目を閉じた。

店の中ではジブシーバンドが、また賑やかな音楽を始めた。

 

よし!朝まで踊ろう。とにかく朝まで踊ろう!

 

 

 

エピローグ

12月のウィーンの夜は相当冷える。しかしヨハネスには心地よく感じられた。

そう、彼女の笑顔があればそれでいい。自分は一人で生きるのだ。

彼女への想いは自分の心の奥底にしまうのだ。

深く深く閉ざすのだ。それでいいじゃないか。

この文章は、2016年12月25日に開催された、京都フィロムジカ管弦楽団 第40回定期演奏会において、当日の演奏会プログラムに寄稿させていただいたものです。