​ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調作品68 『田園』によせて

この度、2016年9月18日、神戸文化ホールで開催される六甲フィルハーモニー管弦楽団第42回定期演奏会にて、ベートーヴェンの田園交響曲を指揮させていただく機会をいただいた。
そこで私は、この曲を作曲した時のベートーヴェンを見つめ直し、またどのように演奏するべきか考えてみることにした。

 

この交響曲は以下の5つの楽章からなる。

 

第1楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
第2楽章「小川のほとりの情景」
第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」

第4楽章「雷雨、嵐」
第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

 

 

 

 

 

奇数楽章には、「愉快な感情」、「楽しい」、「感謝」 など、人間的な心に焦点を当てたタイトルが、偶数楽章には自然を表すタイトルがついている。作品に表題を付けるのは好きではなかったベートーヴェンにしては珍しく、自身が表題と各楽章の副題をつけた数少ない作品の一つとなっている。
これは、ベートーヴェンがこの曲を、単に自然を描写しただけの曲だと勘違いされないよう配慮したものと文献に書かれている。

 

それでは、ベートーヴェンはこの曲でどのようなことを表現したかったのであろうか。

まず田園を作曲した当時のベートーヴェンを取り巻く環境と生活について振り返ってみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時のヨーロッパは、ナポレオンを中心とした戦乱の絶えない不安定な情勢であった。
またベートーヴェンは、難聴をはじめとする数々の病気に見舞われていた。
さらに甥っ子カールとのあつれき等々もあった。
このように、ベートーヴェンと彼を取り巻く環境は、奇数楽章のタイトルとはかけ離れた、過酷な状態であった。
そうした中、彼はひとつの手記を書く。それが「ハイリゲンシュタットの遺書」である。

遺書というと、病死や自殺など、死を自覚した状態で書かれるのが一般的である。しかし彼は、決して自らの命を絶とうとしたわけではない。
彼はその中で、”私を引き留めたものはただ「芸術」である。自分が使命を自覚している仕事を仕遂げないでこの世を見捨ててはならないように想われたのだ。”(片山敏彦訳)と記している。
この遺書から私は、「この大試練を乗り越えてさらに大きな自分に成長しよう!」という彼の強靭な意志を感じる。

ベートーヴェンが田園交響曲を作曲したのは、戦乱の世の中において『自由と平和安穏の願い』、そして自分を取り巻く過酷な状況の中において、『運命を乗り越えた自分自身への賛歌』を声高らかに歌い上げたかったに違いないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5楽章の最後で讃美歌を思わせるようなコラールが示される。
ベートーヴェンの音楽は、第九交響曲にも表されているように、キリスト教という特定の信仰を越えた、もっと偉大な創造主へと連なっていくように私は強く感じる。

同時期に作曲された第5番「運命」は、苦難の嵐を乗り越えて、最後は力強く勝利宣言を歌い上げるが、第6番「田園」は第4楽章を除き、全体的にゆったりとした穏やかな曲調と思われがちである。

 

今回見つめ直したことで私は、可能な限りベートーヴェン指定のテンポを守りつつ、
ベートーヴェン自身の「なんて素敵な世界だろう!ああ、生きていて良かった!」という声が聴こえてくるような、生き生きと躍動感あふれる「田園」を六甲フィルの皆さんと奏でたいと思っている。 

 

そして、時代を経てなお、テロを含め世界中が混沌としている中、ご来場くださった皆様の心に、
ベートーヴェンの平和への強い思いが少しでも響いてくれることを願っている。

 

この文章は、2016年9月18日に開催された、六甲フィルハーモニー管弦楽団 第42回定期演奏会に寄せて書いたものです。