​     ベートーヴェンが『楽聖』と呼ばれるのはなぜ?

ヘッディング 4

ベートーヴェンについて

 

ベートーヴェンは、音楽の世界に2つの大きな革命を起こした音楽家である。

そしてその根底には、1つの大きな信念があった。

 

《革命その1》

当時の音楽家はみな、王様、宮廷、教会に仕えて作曲をしていた。

今でいうと、国や大会社に雇われているようなもの。

カツラは当時の第一礼装であり、王様などの前では常にかぶらなくてはならなかった。

また身分が低いため、お屋敷なども裏口からしか入ることが出来なかった。

しかし彼は、かつらを脱ぎ棄て、正面玄関からしか入らないと宣言!

王様、宮廷、教会のために曲を書くのではなく、音楽を自由に表現することを初めて行った。

そして結果として音楽家の身分と地位を高めた。

 

《革命その2》

音楽を、一部の特権階級の人達のものではなく、庶民のために解放した。

例1_スコットランド民謡の「蛍の光」等、庶民が知っている民謡170曲以上の編曲

例2_当時のフランスの流行歌を元に「喜びの歌」のメロディーを作曲

 

《強い信念》

ベートーヴェンは、30歳を過ぎたころから難聴に悩まされ続けてきた。

作曲家にとって、耳が聴こえないというのは致命的である。

ある日ベートーヴェンは、遺書を書き始めた。

しかしこの遺書を書いている中で、彼自身に大きな心の変化が起きたのだった。

 

この遺書はハイリゲンシュタットの遺書という。

 

大変長いこの文章は、前半は自分の不遇を嘆き、絶望し、死を覚悟する言葉が書かれている。

しかし文章の途中に、自分は音楽という芸術により生かされているのだ、という言葉が出てくる。

そして後半は、この世からの決別ではなく、今までの自分自身との決別の言葉が書かれている。

 

つまり彼は、自分の不幸を嘆き悲しむのではなく、それを乗り越えてもっと強い人間になろう!

そして自分より悩んでいる人々のために、もっと素晴らしい曲を作曲しよう!と、

遺書を書く中で自分の気持ちを整理し、自分の生きる意味と価値を見いだしたのだった。

 

その後、「運命」や「第九」をはじめとする数々の不朽の名作が生みだされた。

この大きな革命と、音楽に対する信念、そして数々の名曲を残したことから、

ベートーヴェンは “聖なる音楽家” 「楽聖」 と呼ばれている。